Afternoon Library 

       お気に入りの時間/April

 

2006.4
「1809 ナポレオン暗殺」佐藤亜紀 「智恵子飛ぶ」津村節子 「盤上の敵」北村薫 
「ガラスの鍵」ダシール・ハメット 「かわいい女」「大いなる眠り」レイモンド・チャンドラー   
「ひとみしりな入江」岸田今日子 「レイクサイド」東野圭吾  「知恵子抄」高村光太郎  

 

感想文:「1809 ナポレオン暗殺」♪♪ 4/10

歴史小説、というものが書けるということだけで、まず尊敬してしまう歴史オンチな私。

ノンフィクションとノンフィクションの間にフィクションを介在させる作業は、
まずノンフィクションの部分をきちんと知っていなくてはできないこと。
読み手だってそのほうが何倍も歴史小説を楽しめるのだろうと思う、のだけれど
史実の中に織り交ぜた創作の部分がはっきりとわからない私は良い読者になれない。
佐藤さんのデビュー作「バルタザールの遍歴」からのファンなのに
たぶんいちばん美味しいところを食べそこねているんだと思う。もったいないなぁ。
それでも佐藤さんの書く物語を読むのは、その場の風景が鮮やかに浮かび上がるから。
物語が展開するヨーロッパは、私が訪れたことのない場所がほとんどなのに
彼女の描写する風景になんだか懐かしさを感じるのだ。
「バルタザール・・・」の舞台・オーストリアは、アーヴィングの「ホテル・ニューハンプシャー」を
愛読したためなのか、ああ、私、ここに以前来たことがある、と胸が締めつけられた。
本を読むことは、旅をすることに似ているのかもしれない、と思う。
 

 

感想文序章:「智恵子飛ぶ」♪♪♪♪ 4/11

高村光太郎の詩は教科書で読んだ程度、その妻・智恵子が分裂病を発症してから制作したという

紙絵は何かで目にしていたが、二人についてもっと知りたいと思ったのはつい最近のことだ。
広告の仕事関連で、ある公園の資料を調べていたとき、そこに「鈴木悦・田村俊子 比翼塚」が
あると知り、ちょっと興味を覚えたので瀬戸内晴美作「田村俊子」を古本屋で買って読んだ。
その中に載っていた、田村俊子と交流のあった森田たまさんの手紙がとても印象的だったのだ。
智恵子の妹がアメリカへ発つことになり、俊子、智恵子と一緒にその人も波止場へ見送りに行く。
 
『・・・俊子さんはお化粧が濃くて派手でしたが智恵子夫人はもっと濃くお白粉をぬってそれが
ところどころはげてゐて、着物も荒い格子のお召をひきずるやうに着てゐたので、はと場人足が
智恵子夫人を見て「見や 化け物が通る」といひました・・・俊子さんと智恵子さんはトマトを注文し
て白い洋皿に盛った輪切りのトマトをむしやむしや食べました・・・』
 
教科書で目にした高村光太郎の詩は「知恵子抄」からの抜粋。心を病んでからの妻を詠んだもの
だったためか「少女のようなひと」という印象を智恵子に持っていた私は意外に感じてしまった。
そこで改めて智恵子について書かれた本を読んでみようと思ったわけなのだ。
そして、読み初めて32頁目、彼女の女学校時代のエピソードに触れた箇所で私はドキッとした。
絵画の才能を幼い頃から認められていた彼女が、後年まで唯一克服できなかったのは“色彩”。
彼女が色彩に関する疑問を口にしたその言葉は、幼い頃に私が抱いた疑問とまるで同じだった。
 

 

感想文本編:「智恵子飛ぶ」♪♪♪♪ 4/11

『人の目って誰でもおんなじではねいんだから、おんなじ物を見ても、おんなじ色に見えっとは限んねえない』

『私が赤や緑だと思っている色と、あんたが赤や緑だと思っている色がおんなじだという保証はできないでしょう』
『私は自分が見た空を、青だと思って青だと言う。あんたも自分が見た空を青だと思って空は青いと言う。
不思議だと思わねい』
『色彩感覚に異常のある人がいるそうだけど、どういうのかしら。他の人と色の感じ方が違う場合、
それはどうしたらわがんのかしら』
 
彼女の疑問と同じことを、小学生の私も感じていた。「私の赤は、他の人の赤と同じなんだろうか」って。
色を表す言葉は沢山あるけれど、自分の見ている色そのものを人に伝えるのは「見せる」しかない。
でも、私に「こう見えている」色が、他の人にも「そう見えている」のかはわからないし、証明することもできない。
そう考え始めると、感覚について語る言葉が信用できなくなってきた。
匂いだって味だってそうだし、音だってそうだ。好き嫌いはもちろんそうだけど感じ方、感覚って千差万別。たとえば
「よもぎ餅を頬ばった瞬間に広がる香りと、溶けていく甘さ」という文章に、想像する香りも甘さも人それぞれってこと。
正確に伝えようとして「よもぎ餅を頬ばった瞬間に広がる匂い成分シオネールとアルファーツヨンを含んだ香り」
なんて書いたら、たぶんもっとわかりにくい。「耳に心地よい音」だって、それぞれに違う。
言葉ってほんと、あてにならないわ。でも、あてにならないからこそ、デリケートに扱わなきゃいけないと思う。
 
智恵子の疑問は、大学卒業後、絵の研究所でコンクールに出品した作品に対して、指導者から「この色は不健康だ」と
批評され「きみのデッサン力はすぐれている。しかし色彩には問題がある」と言われたことでさらにふくらみ、
高村光太郎と暮らすようになってからは、夫の才能の前に自信を失って絵筆をとらなくなっていく。
経済的な窮乏や、実家の没落、家族の死などが重なるうちに、彼女が壊れていく課程が痛々しい。
教師たちに一目置かれるほど優秀で才能に恵まれ、自慢の娘として寵愛を受けて育った彼女だからこそ、
そのプライドの崩壊は耐え難いものだったろうと想像できる。何度も読み返したくなる本だと思う。
 

  

感想文:「レイクサイド」♪♪♪ 4/30

友達に借りたので急いで読んだ、わけではないのだけれど一気に読了した本。

「白夜行」がドラマ化されたり、「容疑者Xの献身」で直木賞を受賞したりと、
快進撃(?)の東野さんである。
物語の舞台は別荘地・姫神湖畔。中学受験を控えた子ども達のため、塾講師同伴で
合宿を計画した四組の家族。そのうちの一人、アートディレクターの並木俊介は、
妻の浮気を疑い、合宿に参加している男達の誰かがその相手だとにらんでいる。
実は俊介自身も浮気中で、愛人・英里子に妻を調べるように頼んでいるのだ。
その英里子が突然別荘に現れる。慌てる俊介だが、彼女は何かをつかんだらしく
その報告を聞くために別荘地のホテルで会う約束をするのだが、彼女は現れない。
俊介が別荘に戻ると、なんと彼女は死体になっていたのだ。
果たして、犯人は・・・。
 
結構、読ませますよ、この本は。
でもね、推理小説だから犯人はここで明かさない。というか、東野さんの作品に
よく見られるスタイルで、はっきり「この人が犯人!」と物語でも明かされてない。
読者の判断にまかせる部分が、この物語にもある。
それをもどかしく感じる人もいるかもしれないけれど、
私としては、東野さんが浮き彫りにしたいのは「犯人」じゃなくて、
この物語に関わる人々の「心理」じゃないのかな、と思っているし、
それは見事に成功していると思う。
ま、事件解決!読後感、爽快!っていうわけにはいかないのだけれど、
実際の殺人事件だって、爽快なものじゃないからね。
 

 

 

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